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コメント 金子隧道とは南側坑口の位置が谷筋一つ異なっていたようである。高さは10m程度上部に位置していた模様。 明治中期に崩壊とのこと。この次の道は峠越えの道なので、金子隧道は次々世代の道ということになる。
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