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コメント 大山町誌(H7) (昭和36年)9月2日、その日はまさに松原ダム建設にとって最も記念すべき日であったが、松原公民館に集まった人達はごく平静に道路事務所長の話を聞いていた。 汗入場といえば、読んで字のごとく道路は曲がりくねり、村内最大の交通の難所とされていた。その田北峠に長さ140メートル、幅7メートルのトンネルを掘削する説明会が開かれたのである。いわゆる、建設省が直轄するはじめての工事で、そのトンネルは松原下筌ダムに通じる入口にあたるのであった。(中略) 11月20日には実施計画に基づく物件調査を完了し、11月27日には関係者との補償交渉が600メートルに及ぶ迂回とともに円満に解決したのである。 12月8日には入札が行われ、昭和37年5月を完成目標として、突貫工事が始まったのであった。新しい年が明けて、トンネル工事は順調に進んだが、2月19日、最悪の落盤事故が発生し、建設省職員を含む4人の人が坑道深く閉じ込められたのである。幸い鉄管が空気を送り込む役目を果たしたので、12時間後には全員無事に救出されたのである。
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